Lingua furanca.

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「過去のLingua furanca.記事にトラックバック」がテーマということで、私が貼った先は「第一回:サイトをやって得たもの」全体に対して。

まずは、当時の記事からキーワードを振り返る。

「得たもの」に対する個人的思想 / 白球さん
「はてな」「コミュニケーション」「文章構想意欲」

そして私は新しいカクテルを作る。 / たまごまごさん
「合うか合わないかは別としても、1mgでも心に触れて、時間を費やし、足を止めてくれた人もいることを思うと心がギュっと締め付けられてくる」
好きなものを共有できる楽しみ。

寡黙なる閲覧者。雄弁なる閲覧者。親愛なる運営者。 / セミマルさん
と、ニュースサイトの閲覧者を意識しつつ、最終的に運営者通しでコミュニケーションを図り。
寡黙な閲覧者にしろ、雄弁な閲覧者にしろそのような出会いがあったことが得たもの?

サイトをやって得たものってえらい大雑把やな~byやくろ / やくろさん
サイトをやって得たものは多すぎて書ききれない

サイトをやって得たもの / ☆YAS!☆さん
「人」が一番であり全て

様々なモノを失う中で手に入れる一つのものは素晴らしい価値がある / 水瀬さん
サイトで失うものは、人によって形が違うと思うのですが「得たもの<失ったもの」だとは思うのです。

「サイトをやって得たもの」 それは貴方たちです! / lastline
アクセス数。そして閲覧者。

サイトの向こう側は宝の山 / まなめさん
私のサイトの読者が、私のサイトから何かを得てくれれば、それ幸いです

サイトを始めて得たこと / はしさん
「出会い」と「自己表現の場」

サイトをやって本当に得たいもの / テラシィさん
・広い視野  ・情報収集能力 ・ネット作法 ・文章力
サイトをやってこの企画と巡り合い、たくさんの友達が出来ました。 それだけが僕の真実。
得たものと得たいものの違い。

3年間私がサイトをやっていて得たものとは何だったのか? / ミルトさん
「知名度」「ネット仲間」




一番多い意見は、人との出会い
それはサイトを通じてインターネットでやりとりすること。または、それによって実際に人と出会うこと。私は当時参加してなかったので、記事はないですが、サイトをやって得たものと普通に聞かれれば、間違いなくこれを答えたと思う。
まなめさんに至っては出会い系みたいな一例まで挙げている。そして私がここで書くようになったのも7月に主催者である白球さんとの出会いがあったからに他ならない。

次に、自己表現とそれに対する反応
文章にしろニュースサイトに対する反応にしろ、自分が楽しいと思っていることを他の人たちと共有できた瞬間の喜びはこの上ない。これは、特に趣味が深ければ深いほど話し相手が得られたときの嬉しさは計り知れないんじゃないかな…と。

そして得たものに対して失ったものがあるという話。
一番わかりやすいのは時間。自分だって、夜12時ころに毎日更新するようになってから、その時間は確実に拘束される。そして人付き合い。今のところ、夜の時間を確実に空けるための努力を欠かさないので、現実の方々と飲み会に誘われても、断るか可能な限り1次会で帰るなんてことをやってるから、新しい現実周りの仲の良い人なんてできるわけなく…
そう考えると、ネットを通じた人と出会う反面、リアルで出会える人たちとの可能性を失っていることになる。
ただ、この点に関しては、ネットでの出会い>現実での出会い と信じているからできることかもしれない。この不等号が逆転したときが自分のサイトそしてネットの人たちとの付き合いの終了のときだと思う。
他に失ったものは多いという、水瀬さんの意見は深いものがあって、自分もパっと思い浮かぶだけで他に、睡眠、仕事に他する真剣さ、お金、自信、とか考えれば本当に108個ありそうですよ。



細かいことを言えばもっといっぱい出てくると思うが、大まかにはこういうまとめでよいのではないかと思われる。

じゃあ、私がサイトをやって得たものは何かって?

それは忘れもしない、今の更新をするようになったきっかけ。
今は全くやってませんが、ブログを開設して間もない頃はリンクをしたら相手先に報告していたのです。
それは、自分がネットを見始めたときから憧れていた某サイト様にリンク報告をしたときの返事でのこと。

> 毎日更新してるのって本当すごいことですね。
実生活で忙しくなると色々と大変ですが、習慣づけることによって
生活の一部とすれば、更新も楽しい作業になります。
私の場合は、巡回するサイトで萌え絵を見ながら心を和ませて更新しています(笑)。
お互いにこれからも更新がんばっていきましょう~。


自分が憧れていたサイトにお返事を頂いて、しかもこのような温かいお言葉を頂いた。

単なるネット上のやりとりとはいえ、これも一種の人との出会い。
相手にすれば定型的な返事だったのかもしれない。
深く考えて出した返事ではなく、何気なく書いたことなのかもしれない。

でもこの一言こそが、ブログに対する私の姿勢を変え、今も変わらず更新し続ける原動力になっています。自分としては、これ以上に得た言葉はないといえるのかもしれません。

そう、自分が得た一番のものは「憧れの人から暖かい言葉を頂いたこと」が一番大きいのです。そして今日も私は萌え絵に癒されながら、イラストサイトを巡回し、自ブログを更新するのだった(笑)
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 りんふら15回目のお題は、アシタノさんから「過去のLingua furanca.記事にトラックバック」とのことです。個人的には、このお題には「次元の混乱」と名付けたい感じです。死んだはずの猫族が闇に飲まれていたり、吸血鬼として滅んだはずの男が正義の使者になっていたりするのです。

 僕がトラックバックしたい記事は、第5回「新しい法律を一つ作ってください」でまなめさんが書いた「企業ブロガーの誕生」です。このエントリを選んだ理由は、まなめさんのアイディアに夢を感じたからです。

 例えば、エジソンが電球を実用化した時、ライト兄弟が飛行機の滞空時間を伸ばした時、平賀源内がエレキテルを発見した時、そこには夢があったのだと思います。ただ、闇雲に模索するのではなく、それが生まれることによって、世界が変わると期待していたはずです。

 僕は企業ブロガーというアイディアに、同じような期待を持ちました。それが実現することで、世界の何かが変わるのではないかと思うのです。僕にはそれを実現するだけの能力はありませんが、実現したらどうなるかを想像することはできます。

 まず、企業ブログが義務付けられた場合、ほとんどの企業は広報の一人を当て、管理・運営を任せることでしょう。ただ、大きな企業ともなれば、有名な人間を雇い、ブログを任せようという気運も高まるはずです。

 例えば、現在ではlivedoorやfc2、はてなやgooなど、ブログサービスを提供している企業が、自らのブログサービスに有名人を招致しています。それによって、知名度を挙げ、参加者を増やし、プレビューを増やし、広告収入を増やそうとしているのです。

 企業ブログも概ね同じようなことを考え、著名な人間にブログを依頼するでしょう。ただし、テレビにしろ、新聞や小説で名を成したにしろ、それらの経験が必ずしもウェブに役立つとは限りません。既存のメディアは一方通行であるのに対して、ウェブは双方向のものだからです。

 これまでのものと違う、双方向のメディアとは著者と読者、演技者と視聴者の違いがほとんどないのです。もちろん、権威や権力といったものはウェブにもありますが、それは彼に対する信頼が強いというだけの話なのです。

 端的に書けば、信頼以外のない世界では、ちょっとした言動や行動が即座に炎上などの現象に繋がります。これを回避するには、明文化しにくい勘所というものを押さえていなければいけないのです。それを知らなければ、未然に防ぐことも起きてしまったことに対処することもできません。

 こういった事態を回避するために、おそらく既存の有名ブロガーの一部は企業に誘われることになるでしょう。直接にブログを運営することもあるでしょうし、そういった勘所の指導をしたり、事態の収拾を任されるようにもなるでしょう。

 それは文章力や対応力のあるブロガーは既存のメディアに取り込まれるということでもありますし、ウェブの一部であるブロガーが社会的な地位を占めるということでもあります。それを良く思わない方もいるでしょうけれど、可能性はより広がることになるでしょう。

 可能性とは、職業的にブログに携わる人間の登場です。既存のメディアで芸能人が重用される一因は、彼らがテレビや演劇に人生をかけているからです。それ以外の安定的な生活を捨てて、芸能という世界に生きるからこそ、彼らは活躍するのです。

 ブログによって生きていくことができるのなら、少数ではありますが、ブログに人生をかける人間が出てくるはずです。彼らが為しえることは、趣味として片手間に運営を行っている僕のような人間を遥かに飛び越えるでしょう。

 ブログによって生計を立てることは、現在でも不可能ではありません。アフィリエイトやアドセンスなど、広告収入を得ることはできます。日に五千円も稼げれば何とか生きてはいけますから、それほど高いハードルではないのかもしれません。

 しかし、広告という手段による収入は非常に不安定です。それは質の高い記事をアップし続け、人を集めます。広告を見て商品を実際に買う人間が一定の割合いるとし、その母数を増やすという手法なのです。これでは副収入としては魅力的かもしれませんが、とてもメインに行う商売とは言えません。

 また、アフィリエイトのようにネットに金銭を持ち込む手法は現在好まれていませんが、企業ブロガーという発想が定着すれば状況は変わるかもしれません。ブログを運営することで対価を得るという流れが一般化することで、副次的にもウェブの可能性を押し広げる効果はあるでしょう。

 ただし、ブロガーという存在が社会的に認知される傾向が強まれば、同時に合法的であれとする圧力はより高まるでしょう。現在はエミュレータにしろ、動画共有にしろ、それほど本格的な取り組みはなされていません。対処の仕様がないという現実と共に、グレーでも構わないという空気があるからです。

 おそらく、企業ブロガーなどによってネットが社会に取り込まれる度合いが強くなれば、現在ブラックである部分ばかりかグレーである部分に対する圧力も一層強くなります。それは何もかもがごちゃ混ぜになっている現在の状況の終焉をも意味することでしょう。
トラックバックって正直あんまり活用した事がなかったりする。
ブログ持ちな癖にろくに把握してないのは問題があるのかないのか。

ということで記事じゃなくてタイトルにトラバすることにした。
でも何に反応しよう・・・。
と思っていて考えていたら、夏休み中に旅行とかしていた関係で書いてないお題があったのを思い出したので、
この機会を使って改めてそのお題に挑戦しようと思い立ったのである。



はい、無駄に前置きが長くなりましたが、
僕が今回トラバしたのはやくろさんが発案した「リアルとサイトについて」というお題です。

リアルをA、サイトをBとすると十分条件しか成り立ってないと思うんですよ。
これに関してはまなめさんが書いてくれてるネットとリアルの関係を見ればわかりやすいのでここでは割愛。

ただAもBも「心技体」は成立してないといけないと言えます。
リアルでは心も体も強くないと社会を勝ち抜く・・・というか生活上厳しいものがあるし、
また人間というのはコミュニケーションという技術があるので、
それを駆使しないとそれこそ孤独死でもしてしまうのではないでしょうか。
まぁコミュニケーション技術はネットでもある程度必要だとは思うが。

そしてサイトもそれこそ精神的に追い詰められたらそれこそ閉鎖するということにもなりかねないし、
体力がなくなってたらPCに向かう気力もなくなるでしょう。
あと流行らせる流行らせないかは別にして一度はデザインとかのような技巧に走るはず。
僕も何度か走りました。失敗したけど。



僕は高校の剣道の授業で「心技体」という言葉を初めて意識した。
やってみたらわかるけど、剣道はどれか一つでも欠けてたら終わる戦いとも言える感じが、
授業を受けていてひしひしと伝わったんですよ。
そしてリアルやサイトも基本は同じでしょう。
ただ必ずしも必死にやることはないでしょうが。
心技体を磨くことによる向上というのはどの世界でも同じ。
僕も常時実行できるように頑張っていきたい。
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