Lingua furanca.

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今回のお題は、「Lingua furanca.のお題を1順して」
今までやってどうだったか…を書けばいいらしいので思ったことをそのまま書きます。


■1つの話題を多人数で書くこと



これは、見ている分には楽しいのですが自分がやるとなるとさー大変!
やっと思いついて書いたものだったりするテーマだと「みんなはどんなこと書くのだろう」
という楽しみが出来る反面、自分が大したものを書けなかった現実と言う絶望にぶち当たる事が何度かありました(;・∀・)


■人が決めたテーマで書くこと



いつも自サイトに記事をうpする時は、「記事がかけそうなもの」をテーマに選ぶわけでして、
人からテーマを決められるなんてことは殆どやったことがないわけです。
思ったことは自分は、大まかなテーマから文章を書くのは少々出来ますが、
狭い範囲のテーマの事を書くのは難しいのだなと実感しました。



■予想外のテーマ




実は、サイト論が殆どでお堅いテーマだと思っていたので
ちょっと予想外でした!
書けるかどうかは別として、飛びぬけたテーマが出ると面白いとは思いました。
ですが、やはり人から与えられたテーマというのは苦手です(ノ∀`)



■まとめ



そんな感じで何度か休みながらも続けてきた、リンフラこと「Lingua furanca.」
どうやらこれが最後の記事になりそうです。
提出締切日である15日(30日)は気付いたら明日に迫っているなんてことがよくあり、
自分は締め切りが目前に迫らないと動けない人間だなと改めて実感しました。
今までありがとうございました。
白球先生の次回作にご期待ください!
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ここはきっとterasuy(テラシィ?)という「なにか」の墓場。
ただ一言「ごめんなさい」を繰り返します。


何はともあれ、Lingua furanca.、お疲れ様でした。
自分に関して言えば、忙しくて手がつかなかった
と言えば聞こえは良いが、実際はただ仕事の忙しさに甘えていただけである。文章なんて30分もあれば何かしらのものが作れる。そんな時間さえ取れないの?取れるに決まっている。
今回の早期における途中棄権の失態は、とにかく甘えに甘えた事だ。時折「誘われた側だし」だなんて言葉が脳裏をよぎった時は死にたいと思った。思うだけで実行はしない。命あっての物種です。生産性を追い求める人間としては死ぬ事以上に無駄なものは存在しないと思う。

今年の4月に晴れて社会人になり、何はともあれ叩きこまれた事柄の1つに「優先順位」がある。
仕事でどれだけ優先順位をきっちりと決め、上司からの良い評価を得た所で、自生活の優先順位すら決められないような人間が果たして社会人として胸を張れるだろうか。何も成長していない。人間として駄目な部類に属される。激しい嫌悪感に苛まれる。今時分、これを書いている間に、どれだけディスプレイの文字を歪めてやろうかと、キーボードに当たった所で何も出てきやしないのに。

ただ一つ、アッパーが見えた。自分自身の。
独りよがりながらも、得たものは大きかったと思う。
このネットでの自分はもう死んでいるのだから。

白球さん、ごめんなさい。ありがとう
Lingua furanca.参加者の皆さん、ごめんなさい。ありがとう。
申し訳ございません、が板について来た自分から送る、最上級の陳謝の言葉です。


そして僕はリセットを押した。
どうも。最初のころは参加してたけど、途中から書くことを放棄した人間の一人、はしです。

この放棄ぐせというものは、人の生活に侵食する恐ろしいもので、最初は意気込んでノリノリで書いていたものの、気がつけば「リンガフランカ?なにそれマンションの名前?最近のマンションのネーミングはシャレてるね、あはっ☆」などと言い出す始末。はしはまだまだ子供のようです。アウトプットが苦手なのよ。そうなのよ。

とはいうものの、それはアウトプットの形と質に十全なものを求めるゆえだったように思います。ちなみに今はそんなこと考えてないけどね!。だって白球さんが『出せ(性的な意味で)。おいコラ、陵辱するぞ、鼻の穴を。』ってゆーんだもん、あはっ☆

ハッキリ言って、こういった多人数運営のブログを、質を落とさず、保ったまま運営することは非常に難しい。アマチュアイズムの支配する世界で、定期的に質を保ったものを提供するには「好き」という絶対条件がなければ運営できないものです。そもそも、自分のブログでさえも満足に更新できていないのに、ほかのブログに記事を提供するなんておこがましいにも程があるとしか言いようがない。主催者である皇帝こと白球さんには申し訳ない気持ちでいっぱいである。ごめんなさい。鼻の穴でもなんでも差し出します。

しかし、そのかわりといっては何だが、提供した記事のクオリティはある程度自信があります。
自分のエネルギーを、魂を、記事にのせて書いたことは間違いない。

そこに、論理だけではない説得力……「強度」もあるていど備わっていたかな?と思う。

リンフラには色々なサイトの人達、主にニュースサイトを中心に構成されたメンバーの中で、テキストサイト特有のオリジナリティは打ち出せていたのではないかなと思っている。とはいえ、最初から最後まで自身を曝け出し、戦い続けた人間とくらべて、ぼくのような人間がじぶんへ「良く出来たと思う」なんてコメントするのは、非常にアホ丸出しでもあるのだけれど。そこは自身の罪を甘んじて受け入れるのだ、まる。

「持続」とは、力。

自分の型をもち、定期的になにかをし続けるには非常なエネルギーとそれをあやつる技術が必要になってくる。一発勝負の記事を提供するだけならば、それは実は誰でもできることで、安定した質を提供し続けるところにこそ力がある。ホームランバッターよりもリーディングヒッターのほうがピッチャーとしては怖いのである。

ネットやブログの支配するアマチュアイズムの世界で、プロのような強制されることなくモノを提供しつづけるには「好き」という個人の意識が絶対に必要になってくる。そこに魂が宿る、輝きがある。プロ野球よりも甲子園のほうが面白い。それは視聴者の目に、アマチュア精神のもつ魂がまぶしく映るからだ。

「リンガフランカ」はけっしてプロの集まりではない。

プロの文筆家にくらべて、文章力もおとるし、記事内容の面白さでもプロのそれに叶うべくもない。ならば、ぼくらは何で勝負できるんだろうか。それは自身のもつ、エネルギーの差でしかない。「リンガフランカ」はそういう土俵で勝負すべきところなのだろう。

リンガフランカが今後続くかどうかは、明らかではない。けれど、それでもある程度の結果と、そこからさらに改善できる点が見出せる。白球さん、いや、白球皇帝、いや、黒い白球さんが今後どのような方針を打ち出すのかはぼくには分からない。

けれど、もしも続けるのであれば、今度こそ自分のエネルギーで、熱で、人を動かす記事を作って……いや『作り続けて』みたいものである。次の「リンフラ」は、それだ。これが「リンフラ」の最初だけに、ちらっと参加した、某テキストサイターの感想。


……さて、鼻の穴をキレイにしておこっと、あはっ☆
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