Lingua furanca.

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--.--.-- --:-- | スポンサー広告 | トラックバック(-) | コメント(-) |
初めまして。こんにちは。お題には「エロゲの方が得たものが多かった!エロゲじゃ駄目?」と答えそうになった「マンガ☆ライフ」の水音です。
別にエロゲーマーというのではなく、ただ単にそういう傾向の人間ですよええ。
劇薬って18禁の方が描きやすいんですよ。狂気やら何やら、取り分けて「狂ってる」連中を描くには年齢制限が一番の壁。沙耶の歌や吸血殲鬼ヴェドゴニアがそうであったように、とりわけグロテスクつーものは狂気で描きたい。ポリシーのないグロテスクは豚の餌とまで言っている人間ですし。あ、そんな人間ですが、僕のサイト、「マンガ☆ライフ」は普通の漫画系ニュースサイトです。

自己紹介はここまでにして本題に。
今回のお題がお題なだけに、「さてどうしようか」と悩んで結局選んだのは自己紹介がてらの選択であります。
「僕という人を表すならこれしかないだろう」という三冊。
正直に言うと、僕という人を一言で表すのならゲームやマンガの方が表せるのですが、ここでごねちゃ駄目だろう。それに「本で表す」なんて、今までで初めての経験。そりゃ受けるよ。受けなきゃ駄目だ。色んなところからそんな声が聞こえた気がする。
大体、白球帝国に謀反を起こす度胸も根性もございませんので、お題通りにものを進めていきたい。ついでに現在サイト上でも書き続けている表現力の鍛錬というものにもなるだろう。「愛の戦士」となりたい人間らしく、ここで書かせてもらいたい。いや今回選んだのは、劇物多めの救われない物語が多いが(もしくは救いの手をはねのけて自分で救いに飛び込む男共)。
それでは当方の初の試み、「書評で自己紹介」。ある意味、万の言葉で説明するよりも分かり易いかも知れませぬ。おお神よ、迷える子羊を救いたまへー。

・「漫画系ニュースサイター」としてー「ジョジョの奇妙な冒険」
左遷されたとは言え、ジョジョはジャンプの歴史上能力者漫画の新しい形を開拓したと言っても過言ではない。
能力者バトルとは新たな能力に目覚めることで敵を打ち倒すバトルではない。自らが持った能力で、いかにして相手を出し抜くか。この一点に集約される自己分析と演出の結晶なのだ。
力で劣ろうとも、能力者バトルに置いて力など意味はない。全ては「自分を知っている事」に集約される。自分を知っているからこそ、自分が最大限戦える場所へ誘導する。相手を自分のフィールドに引きずり込むこと。能力者バトルとは考え無しで成功するものではないのだ。
さて、ジョジョという物語はそういった自己分析という観念がよく現れている。「スタンド」と呼ばれる能力はある一つの事柄を実行するだけのものだ。例えば「ザ・ワールド」は「時を止める」という事柄を発生させる。それ以外は何も出来ない。それにこの能力は発動時間が短く、射程距離も大したことはない。シリーズ通してのボスである「DIO」という存在はその事を知り尽くしている。自らの射程距離が凄まじいまでに短かった事、時を止めるという能力の有効性。これらを知っていたからこそ、ラスボスとして存在し続けたのだ。
しかし自分を知っているからこそ、自分を信じる「自信」という概念が彼を滅ぼした。自信を持ちすぎることは破滅なのだ。ジョジョはそこに対してシビアである。いやシビアにならざる得ない。ジョジョのテーマ「人間賛歌」、それは人間を褒め称える歌。褒め称えるべき存在が、自らに溺れるなどあってはならないのだから。
現在、ジョジョという物語は七部まで進行している。それぞれで描かれてきた彼らの生き様、彼らの信念、彼らの強さ。それがどこで集約するのか。それらを存分に見届けたい。
ところで、荒木先生が老けないのは波紋使いだからですか?

・「劇物好き」としてー「Fate/Zero」
二巻の解説にて言いたいことを全部言われている。
この話はどう動いても救われない。
Fateに繋がる大災害は必ず起き、切嗣は死ぬ。セイバーは聖杯を手にすることもなく、アイリは愛する夫の元で死ぬ。結果はどうあれ、この話は絶対に救われることがない。
それが衛宮切嗣という男に焦点を当てたFate/Zeroの運命だ。
だが、そこに生きる者達は救われることが確定したFateのキャラ達と同じ。遠坂時臣は娘、遠坂凛から伝え聞くものそのままで、どこまでも貴族にして最高の魔術師であり、言峰綺礼は悩み同族を見つけ執着する悪役である。
ただ一つ違うのは、彼らが戦い、決意し、見た物はどれもFateで士郎が、凛が、セイバーが、桜が得た真実と等しいものなのだ。
ウェイバー・ベルベットはライダーに振り回される。これもれっきとした真実。
雨生龍之介と青髭は殺人と死と快楽に生きる。これも真実。
ケイネス・エルメロイ・アーチボルトとソラウ・ヌァザレ・ソフィアリが愛を錯綜する。これも真実。
そんな彼らに真実がないというのなら、それは酷なことだろう。
彼らが生きた。しかし救われなかった。それは冷酷な真実だ。しかし彼らは真実を得て、それでもなお選んだのかも知れない。そんな彼らのドラマがここにはある。
もう一度言う。これは救われない物語だ。
しかしそこに生きた者達のドラマは儚く、美しい。
ウェイバー・ベルベットとイスカンダルは如何にして歩むのか。ギルガメッシュと言峰綺礼はどうやって手を組むのか。そして理想を捨てる覚悟を切嗣はどう固めるのか。
物語としてバッドエンドで劇薬。しかし広い目で見るのならこの物語は救済への第一歩だ。

・「ヒーロー好き」視点からー「仮面ライダーSPIRITS」
よく覚えておいてほしい。ヒーローとは救うだけの存在ではない。
僕等と同じく悩み、葛藤し、それでも救うことを選択した人間だと言うことを。
仮面ライダーSPIRITSという作品は仮面ライダーシリーズでも異色の作品である。まず昭和ライダーと呼ばれたライダー達がどんどん出てくる。彼らはなんのためにいるか?それは「ゼクロス」という新たな仮面ライダーのためだ。
昭和ライダー達の物語はもう既に終わっている。彼らは敵組織と戦い、葛藤し、人を救った。彼ら自信のヒーロードラマは次のステージへと進んだ。それは「次代のヒーローを牽引すること」。そのために彼らは存在している。ヒーローとして未熟なゼクロスのために、彼らは先輩ライダーとして戦うことを選んだのだ。
とはいえ、彼らはヒーローであると共に一人の人間である。「敵と直接戦う」という戦いの他に、新たな戦いが設けられている。それが「人間として出来ることをする」という戦いなのだ。その舞台で彼らはまだまだヒーローとは言えない。彼らがその世界でヒーローとなった時。その時こそが「仮面ライダーゼクロス」へと物語が引き継がれる瞬間であるはずだ。

これが僕が選ぶ三冊である。そして「僕がどういう人間であるか」が端的にであるが分かる三冊だ。このお題を受け取った時、どうしようか。と本気で悩んだものであるが、そういう表現もあるんだなぁ。とまた一つ成長したような気がした。そんな成長する機会を与えてくれた白球帝国に感謝と共に、永遠の服従を誓うものであります。サー、イエッサー。イエス、ユア、ハイネス。イエス、マイロード。いくつも返事は考えてある。さあ、どれを選べばよいのだろうか。また一つ、永遠の悩みが増えた気がする所存。




ジョジョの奇妙な冒険 (1) ジョジョの奇妙な冒険 (1)
荒木 飛呂彦 (1987/08)
集英社

この商品の詳細を見る



ニトロプラスダイレクト Fate/Zero公式通販


仮面ライダーSPIRITS (1) 仮面ライダーSPIRITS (1)
石ノ森 章太郎、村枝 賢一 他 (2001/04)
講談社
この商品の詳細を見る
スポンサーサイト
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。