Lingua furanca.

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林立する高層ビルの一角、124階の高さから窓を覗くと、幾重にも行き交うパイプ状の通路が見える。クリアの筒に覆われた洞内を、くたびれたサラリーマンや談話するOL達を自動歩道が運んでいく。パイプは高層ビルを繋ぎながらくまなく駆け巡り、中心のステーションビルに行き着くようになっている。
機械的な華やかさと、無駄の見られない洗練されたステーションビルの入り口には「AKIBA」とローマ字で表記されている。

かつて家電量販店で賑わいを見せ、アニメやゲームの専門店が列挙した群雄時代を経た後、2040年現在では日本のサーバーと呼ばれる程の、一大IT街区として世界に名前を轟かせている。幾つもの高層ビルが建設され、フロアを埋めつくすように世界各地から企業が集まり、かく言う俺もその外資系IT企業の会社員の一人としてデスクに向かう毎日を送っている。

俺がこの街の存在を知った時には、既に有名な故人作家が思い描いていた近未来図が出来上がり「あとはガンダムだけですね」などと、鼻の横にポリープが出来たコメンテーターがテレビのニュース番組内で醜い笑顔を浮かべて発言していたのを、幼心に覚えている。

俺はパイプが行き交う層の更に下を覗く。漆黒の暗闇に包まれた先は昼間でもその状況を伺う事は出来ない。丁度俺が産まれた頃に児童ポルノに関わる全てのメディアが法で規制され、華やかな「秋葉原」の群像時代は終了した。後に訪れた最先端の技術都市の時代の中で、「秋葉原」はアンダーグラウンドの文化を密やかに交易するルートを構築していったようだ。まるで覚醒剤が取引されるが如く、裏社会の手解きが入りつつ、秋葉原はスラムのような空気に覆われるようになった。
その結末がこの有様である。ついには治外法権地区として世間から切り離され、高層ビル街「AKIBA」の負の一面として「秋葉原」は存在している。

特別警戒地区として上界と完全に離されている秋葉原には、鶯谷から徒歩で入ることしか出来ない。ゆうに5mはあるかと思われる壁に囲まれ、端々にドアが見られるものの鉄製の強固なそれを蹴破る事は不可能だ。ゆえにその地下街には特別な人間しか入れず、もしくは命知らずの者が5mを乗り越えて強行突破するより方法は無い。
秋葉原マフィアの手引きが無い者が進入した結末は見るに耐えないものらしい。

溜息まじりに下界を眺めている俺はおもむろにポケットをまさぐり、財布から茶けたポストカードを一枚取り出す。無機質な表情で俺を見つめてくるようなその絵には、分厚いハードカバーの本を広げた紫めいた髪の少女が映っている。
昨年過労で死んだ父の形見である。封筒の中にはこのポストカードと遺書が一枚、父さんの初恋だったんだ、と震える筆跡で記してあった。

web上でいくら探しても検索にかかる事は無い。政府御用達のスパイウェアが法に抵触するようなページは宣告無しに即デリートしていくのだ。表現の自由が憲法から消えているのは、暗黙の了解として国民の意識に根付いている。

ただ、このカードを見つけて以来、俺は原因不明の困惑に苛まれている。

胸が、苦しいんだ…。
大きな穴が開いているようで…。

女友達のカウンセラーに相談して、一晩共にしてもこの抉られたような、ぽっかりとした空隙を埋める事は出来なかった。いっその事破り捨ててやろうかと思う程に悩んだものの、父の形見を無下にする事は出来ない。この困惑はどうすれば解消できるのだろうか…。
しかし、気付いた時には自慰行為に耽って、いつもの数倍の快楽を感じている自分がいた。目の前に広げられたポストカードの少女が恥かしそうに笑った気がしたのだ。
その姿が脳内で処理され、空想の世界へと俺を今一度連れて行く。水色の制服のスカートを風に揺らしながら、ストンと俺の肩に寄りかかり、そのまま読書を再開する。長い、長い時間が流れていった。

あぁ、これって恋なんだな…。

下界は闇に覆われ、双眼鏡で覗いても視認出来ない世界だ。しかしそこに彼女はいる。たとえそれが過去の幻影であったとしても、秋葉原に行けば彼女の姿を見る事が出来るだろう。
一度入ったら最後、抜け出す事は叶わないという暗黒の世界。
けれど、決めたんだ。彼女を愛するって。
この愛は本物だって事が分かったから。

俺は「秋葉原」に行く。
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