Lingua furanca.

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 今回のお題が「インターネットが無くなるとき」というもので、実際問題これは経験してるんですよね。インターネット利用を開始する前、そして開始した後で都合で使えなかった時という二つの時に。では、完全に無くなってしまうとしたらどうでしょう?

 インターネットが無かった頃は、携帯電話が無かった頃を思い出すのと同じぐらいかもしれませんが、無いのが当たり前で、無くても問題が無かった訳です。それで物事が回っていたのですから。

 何かを調べるなら、図書館へ行くとか、知ってそうな人に聞くというやり方をする訳です。しかしながら、もうそこへは戻れません。何せ、「今、インターネット利用をしており、その良さを嫌という程知っている」訳ですから。

 今、インターネットで何をやってるのか列挙してみました。

<閲覧>
・好きなサイトの閲覧
・2ch閲覧
・YouTubeやニコニコ動画閲覧

<更新>
・自サイト(ブログ)の更新

<ゲーム>
・MMORPG(引退済み)
・ハンゲ等、ちょっとしたゲームの数々

<コミュニケーション>
・mixiによるやり取り
・Twitterによるやり取り
・各種情報収集(仕事も遊びも)
・メールでのやり取り(最近ほとんど無い)
・メッセでのやり取り(滅多にしない)

 パッと思いついたモノを列挙してみましたが、単純にこれだけの事がインターネットが無くなる事で出来なくなるんですね。

 この内、一番痛いのはコミュニケーションかもしれません。閲覧・更新・ゲームについては「趣味」の領域なので、別の趣味で代替えが聞くと思うんですね。漫画や小説を読む、TVを見る、ゲームをする、勉強する……時間は幾らあっても足りない状況ですから、特に問題は無いと思っています(寂しいですが)。

 それに対してコミュニケーションは……痛いですねぇ。代替え手段が難しいのです。1対1なら、電話や手紙という手もありますが、複数人で話をしようとすると無理なんですよね。ここの代替え手段がなかなか浮かばないのですよ。メール・チャット・掲示板・メッセ……全てが無い訳です。

 インターネットが無くなる事で、複数人での同時やり取りが出来なくなり、結果として1対1のやり取りに戻ってしまいます。TV電話の仕組みが出来ればまた違うのかもしれませんが……インターネットTV電話以外の方法だとどれぐらい費用がかかるやら……現実的ではないでしょう。

 インターネットが可能になった多くの人との出会い・繋がり、それがインターネットが無くなる事でとぎれてしまう。これが一番大きいでしょう。趣味は代替えが利いても、人との繋がりは代替えが利きません。一度知ってしまって、そして戻れない、そういうものとして一番大きいのはこの人との繋がりでしょう。

 インターネットが無くなる時、私が一番思う事……それは、他の人達と「切り離された気分になる」という事でしょう。無い頃にはそれが当たり前だったのに、知ってしまった今では、それが無くなる事で代替え手段が無く、切り離された思いをするようになる……インターネットが無くなる事によって、孤独感を味わうようになるのではないか、そう思うのです。
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