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■ケース1:世界中でインターネットが消えたとき。
やばい。

■ケース2:自分のみがインターネットが消えたとき。
暇。


これじゃ意味不明なので書き直し。


まずケース1。
これは上の一言で伝わると思うんですよ。
何せ世界中のネットワークが使えないということは、
今の世界ネットがないと何も出来ない人や会社なんていうのはザラにあるでしょう。
このことを考えると、原始時代的な場所に逆戻りするのとほぼ同じですよ。

そのような意味も込めて「やばい」の一言で済むと僕は考えます。


つぎにケース2。
実はこれ1~2週間くらい前に2日くらいだけど体験しました。
何故かというと内臓HDDが逝かれたから。PC使えなくて嘆いてました。
そのときはまだ一応学生の身分ということもあってか、
最初に思いついたことが「家のPCでレポート書けない!」という至極まともな発想でよかった。
ただニュースサイトをやってる身分としては「更新できない!」が後に来てしまったのはどうかなと思うが。

ということで使えなかった日々のことを考えると別に生きていけないわけではありません。
ただし、ネットが使えない…というか無くなることを考えると、
僕の中でのPC使用率がかなり低くなるため、はっきり言って別の目的を見つけないとかなり暇です。
実際やることが本当になくなったため、近くの本屋でぶらぶらしたり、
自発的にほとんどしない勉強までしてました。
あ、上の発言学生の身分としては最悪の発言ですね。

つまり言いたいことは、一個人がネットが使えないときは「暇」になる。
ただし、これは今現在の僕の場合に限るので他の人にいたってはそうではないと思います。


以上のことを考えるとネットが消えると、
その規模が大きくなるにつれて事の重大さが酷くなることが予想されます。
このことはあんまり想像したくないです。
しかし、ネットが消えるということは絶対あり得ないと言い切れることでもないです。

ネットが消えるという事の重大さは最悪のケースと考えていいでしょう。
それを加味すると何らかの対策を考慮した方がいいと僕は思います。
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