Lingua furanca.

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2005年8月下旬。
夏休みにも関わらず家にひきこもり、深夜までネットサーフィンを行い、昼夜逆転の生活を送っているバカな奴が1人。相当暇を弄んでいるようです。よく見ると覗いているのはオタ系のサイトばかりじゃないですか。おっと、何かを思い立ったのか、おもむろにグーグル先生にキーワードを打ち込んでます。さてさて?何と打ち込んでいるのでしょう?

『ブログ 無料』

この記事は夏休みが暇で暇でしょうがなかった私と、ブログと、ネギま!と、夕映の愛の物語。

やあ、りんふら(『Lingua furanca.』を今風にひらがな4文字で略してみた。みんなもこれから使ってeーよ☆)をご覧の皆さん久方ぶり。やくろあんてなのやくろです。夕映が大好きです。
今回は前回の羅列方式とは打って変わって、私がブログを作るまでの経緯をドキュメント方式で章ごとに分けて書いてみました。めちゃくちゃ長文です。

・第一章『悪友の勧誘』

中学生の夏、総体に負けて中学生活の大半を占めていたバスケ部を引退、私はバスケに捧げていた情熱と時間を何に使うのかを迷っていた。
当時、私には悪友(のちの親友である)がいた。その悪友がいけなかった。彼は迷っている私にこういったのだ。

「一緒にネトゲーやろうぜ」

私はこの一言でパソコンを購入する。迷いは無かった。なぜなら彼のプレイしている様がとても面白そうだったからである。
かくしてブログ作成への最初の一歩は踏み出された。
ただ踏み出した場所は険しく終わり無き道だった。
今思えばこの決断が今後の人生を大きく左右していたのだろう。ああ、なぜこの時悪友は「一緒に彼女作ろうぜ」と言ってくれなかったのかこいちじk(ry

・第二章『恋愛なんざ知らん』

私は中学三年の秋と冬を全力でネトゲー(RO:分からない人はぐぐってね)に費やした。この一文を書いたらなんだか目から涙が・・・。気を取り直して続きを。失った過去は大きいものですね。
ネトゲーをやって得たものは大きく二つありました。ひとつは『タイピングスピード』、そしてもうひとつが『オタクへの道しるべ』である。
ネトゲーにはチャットがあり、私はそこでタイピングを鍛えました。ゲームのためだとすぐに覚えれますね!・・・なんて駄目な能力なのだろうか。
後者もチャットで得ました。ネトゲーにはその手の人がやっぱり多くて、話すことはもっぱら漫画やゲームやアニメのことばかり。私は当時オタクではなかったため、ほとんど話についていけませんでした。ついていけないならやめてしまえばいいのに、私は必死についていくほうを選択。こうして私は親友に漫画を借りたり深夜アニメを見るようになり、着実にオタクへの道を進んで行くこととなる。
ああ、そういえばネトゲーで仲良かった奴の口癖が「うぐぅ」だった。当時の私は反応できなかったけど、今の私なら「あぅーっ」と返せる自信がある。
あれ・・・また目から涙が・・・。

・第三章『古本屋で5時間』

どっぷりとつかった。オタク文化にどっぷりとつかっていた。
中3と高1の間にある春休み、私は漫画を買い漁った。古本屋に通うのが毎日の儀礼であるかのように漫画を買い漁っていた。
目についた作品を片っ端から買っていった。幸いにも私はこれまでバスケと勉強のほぼ2本で来ていたため、お金は結構あったのだ。
快感だった。その漫画の良し悪しに関係なく『漫画を買う』その行為自体が快感だった。そうして『ぬ~べ~』と『ラッキーマン』と『ハンターハンター』と『スラムダンク』位しか無かった私の部屋は一変して漫画の山となった。後に大きく人生を左右する『魔法先生ネギま!』もこの大量購入本の中の一冊である。
漫画を大量購入している頃、親友が変な本を読んでいた。表紙はどう見ても漫画なのに中は文章なのである。興味が出た(ドクロちゃんの表紙があまりに可愛かった)ので一冊(ドクロちゃんは友人が読んでいた為、キノの旅を)借りて読んでみることにした。めちゃくちゃ面白かった。小説はお堅いものだと思っていた私にこの内容は衝撃的だった。これがライトノベルとの出会いである。
それはそうと当時から今まででハンターハンターが僅か4冊しか出ていないのは何かの夢だと思う。

・第四章『昼と夜どっちで寝るかは自由です』

私はしばらくの間漫画とラノベを読みふける生活を送っていた。アニメも見るには見ていたが、生活の大部分はこの2つが占めていた。
漫画とラノベをたくさん読んでいたが、この時の私はまだオタクと呼べる人種ではなかった。なぜなら愛情と情熱がそれほどないからである。が、そんな私に転機が訪れる。アニメ「げんしけん」の放送である。
げんしけんは熱かった。私もこうありたいと思った。アニメの話数が進むたびに、主人公の青年がオタクになっていくたびに、その思いはどんどん大きくなっていきました。最終話が終わる頃、私はオタクになっていました。目には見えないけれど断言できる。この時私はオタクになったのだ。同時にだらだらと続けてきたネトゲーをやめた。
オタクになったら異常にアニメが見たくなった。そんな時すぐにそれはやってきました。
2005年1月5日 アニメ「魔法先生ネギま!」の放送開始である。

・第五章『楽しいことはガンガンやろうぜ』

ネギま!が楽しくて楽しくてしょうがなかった。アニメを放送することを知り、改めて原作を読み直したら、以前はそうでもなかったのに、今回はめちゃくちゃ面白く感じた。これはおそらくオタクになって考え方が変わり、面白さが分かったからだと思う。夕映は俺の嫁←つまりこういうこと。
アニメ放送が行われている26週の間に、私のオタクレベルはオタク見習いからオタク賢者くらい(当社比によるため基準は曖昧)にまであがっていた。
この急速な成長を支えた要因は2つ。『ネギま!が神作品であったこと』と『オタ系ニュースサイト』である。
前者の話は長くなるから私のブログを見てくれ(CV:あの人
オタ系ニュースサイトは私を一人前のオタクとするべくあるかのごとく様々なアシストをしてくれました。
『○△がアニメ化する』『□×という漫画が面白い』等の情報系、『この漫画はあれがこうでそうなって面白い』等の考察系、『ネタ動画』『ネタ画像』等の面白系、そんなニュースを大量消費することで私はオタクとして成長しました。
あーオタクって楽しいなー。末期です。

・終章『ご愁傷様です』

2005年8月下旬。
私は相変わらずニュースサイトを見ながら昼夜逆転のオタライフを満喫していた。暇な時間なんて一切ない。常に寝るかネットで遊ぶかで忙しいのだ。
いつもの時間にいつものニュースサイトを見ながら私はあることを思い立った。
「見てる側より見せる側のが面白いかもしれん。それになんだかかっこいいじゃん!オタク的にも高度な気がするぞ!あーでもサイトは作れないなーHTMLって何ですか?って感じだし。あ、そういや最近ブログってのが注目されてるじゃん!私が毎日見てるサイトにもブログのところがあるしあれならいけるかも!まあダメそうだったらやめればいいし適当にはじめてみるかー。よーし、どうせやるなら好きなことをやろう!ネギま!が好きだからネギま!ニュースサイトだ!」
思い立ったら即行動。早速グーグル先生で検索です。キーワードは勿論。

「ブログ 無料」

この記事は悪友に唆されてオタクという修羅の道に入る私と、ブログと、ネギま!と、夕映の愛の物語でした。
今後このブログ開設をきっかけに色んなこと(変な3人と出会ったりだとか)が起こりますがそれはまた別の話。
今回も長文・戯言にお付き合いくださいありがとうございました。 やくろ

余談

2007年りんふら第2回目「今のサイトを作った理由」の締め切り日の早朝。
やっと出来た・・・完成だ!!!
色んな意味で終わったな・・・いい意味で。
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