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◆起
第4回のお題はアセティック・シルバーのはしさんから「あなたの考える○○愛」。
「愛」について語れと。そういえば、愛を語るならフランス語が良いと言いますね。フランス語は ゴノレゴ:フランス語を習得せよ! くらいしか知りませんけど。
ちなみに…

ドイツ語は口論するための言葉
英語は商売をするための言葉
フランス語は愛を語るための言葉
スペイン語は神と話をするための言葉

だそうです。
じゃあ、日本語って何のための言葉か考えてみると、多分「曖昧」なことを語るための言葉なんじゃないかなと思います。
ところで、「愛」は英語でLoveだ。ただ 愛 - Wikipedia によると、日本古来の「愛」と英語の「Love」は意味が微妙に異なるそうです。現在は、日本古来の「愛」と、西洋の「Love」を訳し輸入された「愛」が混在しているため、日本語の「愛」にはいろいろな意味があるんだとか。


◆承
愛なんて言葉は幅広すぎるので、自由連想法 に基づき、「愛」から勝手気ままに連想するものを書き出せば何か思いつくかもしれない。
先ず、巨人愛と考えたけど、別に巨人ファンでもないし、大塚愛はさくらんぼくらいしか知らない。はてなで愛といえば、愛・蔵太の少し調べて書く日記 かな。愛・地球博も一昨年で、そういえば「愛」知県であったのも「愛」被りなのか。そういえば愛・地球博が開催された2005年の世相漢字は「愛」でしたね。
ロマサガではステータスに「愛」があったな。「愛がアップ」とかなかなかシュールな表現だ。
芸能界から引退した飯島愛とも考えたけど、特に語ることも…いや待てよ?ちょっと面白いかもしれない。

飯島愛については 飯島愛 - Wikipedia が詳しいが、元々AV女優でありながら自らそれを黒歴史とし芸能界入り。しばらく活躍し、ほとぼりが冷めた頃に誰もが知ってることなのに自伝を書きそれがヒット。芸能界でそれなりのポジションを獲得しつつ、落ち目でないにも拘らず、2007年の3月末に引退したタレントである。引退した理由は療養のためとされるが定かではない。

飯島愛は実に上手いこと芸能界を渡ってきたと思う。始めはAV女優であることを売りにし、そのままセクシー路線へ。その後バカキャラに変じるも、知識はないが頭は回るキャラへ転進し、最終的にはある種のコメンテーター的な位置に落ち着いていた。僕は引退直前の、歯に衣を着せず、知らないことは知らないとはっきり言い、識者といわれる人々に堂々と質問をしていた飯島愛のキャラには好感が持てた。恐らく、引退しなければ徐々にそのキャラは変貌を続けたのではないか。
引退した理由は定かではないが、芸能界に疲れたというよりも、今後飯島愛が変遷するだろうキャラと芸能界の求める飯島愛像、及び飯島愛自身の理想のギャップがあったのではないかと僕は思っている。


◆転
飯島愛を見ても分かるように、芸能界で自身のポジションを得て生き残るには求められるキャラクターに納まれば良い。例えば毒舌キャラが不在ならば、毒説キャラに納まるなど。小倉優子のような天然ボケキャラは若さが求められるので時期物であり、特にキャラ被りの影響が非常に高いのでリスキーである。スキマ産業 的なキャラを演じるのもアリであろう。ただ、最近はお姉キャラが多すぎだと思うけど。
兎に角、不在キャラに納まればポジションを獲得でき、番組に出ることができる。それ故、キャラ被りは大問題である。基本的に、同キャラは同じ番組には出られない。そして、同じキャラクターが飽和状態の時は力が強い方が生き残る。まさに弱肉強食。この場合の「力」は色々あるんでしょうが。

実は、キャラが求められるのは芸能界だけじゃない。それは、ネットでも同じことだろう。サイトの系統が被ってる場合、力が強い方が残る。この場合の「力」のひとつはアクセス数だろう。それ故、ある系統に大手サイトが存在する場合、そこと同じ事をしても生き残ることは難しい。生き残るには、キャラ被りを回避するしかない。つまり、サイトの区別化を行えば良い。そうすることで、自身のオリジナリティが生まれ、生き残ることができる。
例えば、2ちゃんまとめサイトや、動画紹介サイトを新たに作るにしても、大手は半端ない数を見ているし、その他数多くのサイトが存在する。数で勝負するのもありだが、そこはゲームだけとか、漫画だけなどと、数は減るが専門化することで差別化をはかることで、のし上がっていくこともできよう。

参考:面白いサイトを作るには(3)?


◆結
サイトが生き残るためには、時代が求めるもの=ニーズに応えることが重要だが、他との区別化も大切だ。特に、時代のニーズに応える場合は、雨後の竹の子のように同系統のサイトが乱立するので、群雄割拠の中で生き残るにはかなりの独自性が求められる。
ニーズに応える場合は、敵が多すぎるのでスキマ産業的なジャンルに逃げるのもアリである。その方がオリジナリティが出やすいだろう。ただ、多くには受け入れら無いだろうが。そして、徐々に変遷していくことも大事。定番と言われる食品が、時代によって味が変遷していることはあまり知られていない。サイトも生ものであるから、徐々に変わるのが当たり前なんだろうけど。

飯島愛は、そのスキマ産業的キャラクターに変遷してくことで芸能界を渡ってきたんじゃないかなと思う。
そして、彼女はテレビ上でこそ自由奔放な辛口キャラらしいが、裏では暴言を吐いた相手に気遣いとフォローを忘れないタイプらしい。ネット上でも長く残っている人は、メールやコメントにしっかり返答する人が多い。独自性を出し、自分に厳しく他人に優しく。
年を取った飯島愛も面白いと思いますが、劣化して消え去るよりも、華々しく引退した方が人の記憶に残る。それこそ、俺ニュースみたいにね。

というわけで、「僕の考える飯島愛」をお送りしました。
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