Lingua furanca.

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--.--.-- --:-- | スポンサー広告 | トラックバック(-) | コメント(-) |
ー序章:X年前ー

黒服のおじさん「水瀬よ、お前はいくつになった?」
水瀬「け、そんなこと聞かなくてもわかってんだろうが!」
黒服のおじさん「お前は情報について悩んでるんではないのか?」
水瀬「オレは人と情報を共有していることを誇りにしている、これはオレの宿命だ…。それは何も変わらない…そしてこれからも!だがオレは情報を共有する手段を知らない!オレは納得したいだけなんだ!!」
黒服のおじさん「…」
水瀬「オレは他者に情報を教えるということを誇りにしたい!誇りのためなら命だってかけれるぜ!アンタ、何か方法を知らないのか!オレは誇りのためなら何でもするぜっ!」
黒服のおじさん「…何でもする…と言ったな?お前…情報を他者に教えるためなら命だってかけれるのか?…今そう言ったのか…確認したい…」
水瀬「何?」
黒服のおじさん「もう一度確認したい…もしお前が情報を他者に教える手段を手にすることが出来るなら命を賭けれるのか…?」
水瀬「何言ってるんだぁ~!てめぇ~!」
黒服のおじさん「できるのか?」
水瀬「…ああ、情報を教える手段さえあればオレは命だって賭けてやるぜ」
黒服のおじさん「ひとつだけ方法がある…」
黒服のおじさん「つ http://blog.fc2.com/」
水瀬「な…なんだこれは…?」
黒服のおじさん「お前はHTMLもCSSも出来ない、ならばブログをここで借りるしかない」
水瀬「あ…アンタは何を言ってるんだ…?」
黒服のおじさん「この世の中にはネットという広大な電子の海があり!そこにはニュースサイトという個人の集めてる情報を他者に公開するというサイトが数多く存在しているっ!ニュースサイトとは己の好きな情報を提示し、他者とそれを共有できるサイト!」
水瀬「ニュ…ニュースサイトだと!?」
黒服のおじさん「ああ…ニュースサイトだ」
水瀬「あ…アンタは何を言ってるんだ?」
黒服のおじさん「お前には「情報を共有したい!」という熱き魂があるっ!お前ならやれる!だから言う!お前はブログスペースを借りてこれから毎日更新しなければならない!決して休むことは許されない!もしお前が休まず情報を発信し続ければ他者…閲覧者たちはお前と心を1つにするだろうっ!!」




ー第一章:痕跡症候群を始めたきっかけー

スティール・ボール・ラン風にお送りしてみました、どうも痕跡症候群の水瀬です。
閲覧者の皆様は「Lingua furanca. 」楽しんでおるでしょうか?
第一回目の「サイトで得たもの」で参加者でたった1人ネタで走ってしまって本当に申し訳ないです^^;
さて第二回目は「サイトを始めたきっかけ」ということでお題を頂きました。
実はきっかけは黒服のおじさんが…というのは冗談で痕跡症候群を始めたきっかけになったことについて書かせてもらいます。
実際、痕跡症候群を始めて一年以上の月日が流れようとしています。
ここまで続いてるのも閲覧者様たちのおかげでもあります、本当にありがとうございます。
もちろん生活も変わりましたし、いろんなモノを失っていったような気がしますが(前回のお題参照)、きっかけは「夜…ヒマだったから」でしょうか…簡単に言うと(笑)


痕跡症候群を始める前、いろんな絵日記サイトを見たり、読み物サイトを見たり、ゲーム攻略サイトを見たりとそのくらいでした。
実はサイトをこっそり持っていたのですが(今は跡形も残っておりませんが)、そのサイトは秘密ってことでお願いします(笑)
実際ネットを使用すると言ったらそのくらいでしたね。
いつものごとくネットを徘徊していると、とあるサイトさんにたどり着きまして…。
よく見ると、リンクしか無い。
記事にリンクしか無い。
こういうサイトって面白いのかな?と思って試しにクリックしてみたら面白いネタばかり。
初めてニュースサイトを知った時でもありました。
しかしその時は「これネタ探すの大変そうだから私には無理だなぁ、見るだけにしとこ」というくらいの気持ちでした。


その一年後、人様のサイトを見るだけでは面白くなくなったのか、「適当にブログスペースを借りてずっとオレのターン!みたいな日記でも書くかぁ」という感じでFC2ブログをレンタル。
どんなことをしようと思って、「面白い情報を他者に教えるサイト…ニュースサイトなんかやってみるといいかもしれないなぁ」という単純な思考になりまして(苦笑)
さらには「飽きたらすぐやめよ、3日続けばいいほうだろう」とかなり投げやりな気分で始まったのが痕跡症候群でした(笑)
で、実際やってみると「何処から情報を集めたらいいのかわからない」という事態に陥りまして。
適当に検索して、面白そうなネタを貼り付けるということだけしか出来ませんでした(苦笑)
正直2週間目で「そろそろやめようかなぁ」と思ってたくらいでした(本当に飽きっぽい性格なので)。
しかしやったからには後には引けないという気持ちもありまして、当初は他のニュースサイトからネタを引用しまくるということだけしか出来ませんでした。
で、そんな中で「とりあえず今は試用運転ということでいろんな形を模索しよう」という感じでなるべく毎日更新し続けることにしたのです。


そして本当のきっかけが訪れたのは2ch系ブログ。
「ニュースサイトと2ch系ネタを一緒に紹介したら面白いんじゃないか?」という思考になり、いろんなスレを紹介。
でも見境なく紹介するのもなぁ…という悩みが始まり、何か一つジャンルを絞ったスレを紹介しようということになり、漫画スレを紹介し始めたのが本当のきっかけでした。
そこからニュースも次第に漫画系記事が多くなり、今の形が出来上がったというお話です。



ー第二章:きっかけは突然訪れる、きっかけの後でサイトの色を出せばいいー
第一章で痕跡症候群のきっかけを書きましたが、実は最初痕跡症候群はネット論中心の記事を紹介するサイトでありました。
形がどんどん変わっていって困惑した閲覧者様も多かったと思います、そこは謝ります。

サイトを始めるきっかけって実際いろんな形があると思うのですよ。
「あのサイトにあこがれて始めた」
「オレだけの世界を表現したい!」
「絵描きたい!」
「日記書きたい!」
いろんなきっかけがあって良いと思うのです。
いろんなきっかけがあるからこそ、ネットは面白いサイトばかり転がってるばかりでして。
実際「サイトをやりたいんだよねぇ」という思いだけではきっかけとは言えないと私は考えています。
サイトをやりたいと言っても世の中にはいろんなジャンルのサイトがあるわけですし…。
まずは「オレはネットで○○を表現したいんだ!」という気持ちが大事なのではないかなぁと思います。

きっかけさえあれば、そこからはすごく早いと思います。
HTMLでサイトを作るのも良し、ブログを借りるのも良し。
きっかけという思いほど、サイト誕生の大きな要素と言えるのではないかな…と思います。

きっかけさえあればどんな形でもいい。
そしてその中で自分の色を模索する。
サイト運営の楽しさはそこにあると思うのです。


まとめ1「貴方のサイト運営のきっかけは何ですか?」
まとめ2「きっかけはサイト誕生の大きな起爆剤となる」
まとめ3「きっかけさえあれば、あとはどんな色に染めることだって出来る」
まとめ4「自分だけの世界を表現しよう」
 はい、2回目のお題が「今のサイトを作った理由」という事ですが、幾つか運営しているので、纏めながらやってみたいと思います。

 私のメインサイトは「それさえもおそらくは平凡な日々」で、これがこの4/2で丸10周年を迎えました。URLも「http://www2r.biglobe.ne.jp/~yas/」のままで10年……我ながら頑張ってます(笑)。

 開設した理由なんですが……その前の状況から書きますか。

 私はPC-VANというパソコン通信で遊んでいました。最初はチャットにどっぷりとはまり、その後は少しずつですが、雑文を書くようになりました。そうした中で、当時「ときめきメモリアル」にはまり、ショートストーリーを書くようになりました。ときメモが一番多かったですが、ワイルドアームズ・LittleLovers・ヒロインドリーム・マリーのアトリエ・NOёL・Wizardry……よくもまあ、あれだけ書けたもんだと思います。

 そうやって遊んでいる頃に、インターネットという言葉が出始めました。Windows95が出た後ぐらいですね。まだ2400bpsのモデムで繋いだりする頃でした。9600bpsのモデムって早い!とか思う時代です(今となっては、これらの意味が分からない人の方が多いような気が……)。

 そこで「ホームページ」というものが作れるという事を知りました。PC-VAN会員だったので、そのまま今のBIGLOBE会員に移行になり、「個人ホームページサービス」があったのでそれで作ってみようかという軽いノリでした。面白そうだから、まずはやってみるか、という感覚です。

 コンテンツは、自分の書いたショートストーリーを掲載しようと。それとショートストーリーを書いた題材を見て分かるかと思いますが、全てゲーム……そう、ゲーム関係の掲示板に出入りしてたんですね。だから、好きなゲームに関するサイトを作ろうとした訳です。だから、それっぽい名前は無いかなと考えて付けたのが「えっちぴいまんたん」という名前でした(笑)。

 余談ですが……このサイト名って「HP満タン」って意味でつけたんですが、そのままだとつまらないから、全部ひらがなにしたら、検索エンジン経由で「えっち」という検索ワードで来る人が結構いたという……(笑)。

 さて、コンテンツですが、ショートストーリー・ゲームレビュー・日記・掲示板という感じでしたね。そんな調子で更新していく内に「ひとりごと」という雑文コンテンツが追加になり、そちらがメインになっていくにつれ、ゲームをあまりしなくなったので、今の「それさえもおそらくは平凡な日々」という名前に変わりました。完全に雑文志向になった訳です。

 そうなるまでの間に、ポストペットのサイトを作ったり、Wizardryのプレイ日記的なページを作ったり……飽きたり終わったりしたタイミングで消してますけども。閲覧者参加用に掲示板・チャット・Ans.QといったCGI関連も設置してましたが、参加されないので掲示板以外消えたような(笑)。これらもまた面白そうだから、まずはやってみるかという感覚で設置、盛り上がる時は盛り上がって、終わったら消えるという感じでしたね。

 後は、私が遊んでいたネットゲーム「エランシア」でギルドを作っていたので、そのギルドサイトを作りました。「エラでもいっしょ」という名前で……まあ、これは私がゲーム内でトロと名乗っていたからなんですが(笑)。ちなみに、この名前が、以後の私のブログのアカウントに使われる事になります。「yas」だけではもう取られてまして、「yas-toro」で取得するようになった訳です。

 さて、数年前からブログサービスが出てきて、騒がれるようになりました。実はその頃私はネットゲーム(エランシア)にはまっていて、更新が滞っていました。更新よりネトゲ!という状態だったんです。その呪縛が少し解けてきた頃にブログの事を知り、興味を持ちました。

 そして、ブログとは何? 何が出来てどう騒がれてるの? という疑問・興味から始めたのが「明日は明日の風が吹く」です。最初は何を書くかも決まって無くて、試行錯誤していく内にニュースサイトになったので、ここは「作って試そう」という事だけが作った理由でしたね。結局これも面白そうだから、まずはやってみるかからなんですよね(笑)。

 ちなみにコンテンツのブログ化は、上記の通り試してみて、これは簡単に更新が出来るなと思って、日記と雑文がそれぞれ「すばらしい日々」と「ひとりごと」という形でブログ化されました。簡単に更新できるというだけの理由です。

 作った理由はこんな感じですね。一番最初の理由と、今の形になってという部分だけを見ると、まるで繋がってないんですけどね(笑)。ただ、根本的に私の場合は、まずは面白そうだと思ったらやってみて、面白ければ続ける、面白くなくなったら止めるという、シンプルな理屈でやってます。

 もしかしたら、また今後も何か面白い物を見つけたら、それに関するサイトを作ってしまうかもしれません。目的があってサイトを作るのか、サイトを作る事自体に興味を持って作るのか……でも、何にせよ、何かを面白いと思ってその表現でサイトを作っている事には変わりないですね。恐らく今後もそういった理由で、サイトを作ったり削ったりしながら、延々と続けていきたいものだと思っています。
2005年8月下旬。
夏休みにも関わらず家にひきこもり、深夜までネットサーフィンを行い、昼夜逆転の生活を送っているバカな奴が1人。相当暇を弄んでいるようです。よく見ると覗いているのはオタ系のサイトばかりじゃないですか。おっと、何かを思い立ったのか、おもむろにグーグル先生にキーワードを打ち込んでます。さてさて?何と打ち込んでいるのでしょう?

『ブログ 無料』

この記事は夏休みが暇で暇でしょうがなかった私と、ブログと、ネギま!と、夕映の愛の物語。

やあ、りんふら(『Lingua furanca.』を今風にひらがな4文字で略してみた。みんなもこれから使ってeーよ☆)をご覧の皆さん久方ぶり。やくろあんてなのやくろです。夕映が大好きです。
今回は前回の羅列方式とは打って変わって、私がブログを作るまでの経緯をドキュメント方式で章ごとに分けて書いてみました。めちゃくちゃ長文です。

・第一章『悪友の勧誘』

中学生の夏、総体に負けて中学生活の大半を占めていたバスケ部を引退、私はバスケに捧げていた情熱と時間を何に使うのかを迷っていた。
当時、私には悪友(のちの親友である)がいた。その悪友がいけなかった。彼は迷っている私にこういったのだ。

「一緒にネトゲーやろうぜ」

私はこの一言でパソコンを購入する。迷いは無かった。なぜなら彼のプレイしている様がとても面白そうだったからである。
かくしてブログ作成への最初の一歩は踏み出された。
ただ踏み出した場所は険しく終わり無き道だった。
今思えばこの決断が今後の人生を大きく左右していたのだろう。ああ、なぜこの時悪友は「一緒に彼女作ろうぜ」と言ってくれなかったのかこいちじk(ry

・第二章『恋愛なんざ知らん』

私は中学三年の秋と冬を全力でネトゲー(RO:分からない人はぐぐってね)に費やした。この一文を書いたらなんだか目から涙が・・・。気を取り直して続きを。失った過去は大きいものですね。
ネトゲーをやって得たものは大きく二つありました。ひとつは『タイピングスピード』、そしてもうひとつが『オタクへの道しるべ』である。
ネトゲーにはチャットがあり、私はそこでタイピングを鍛えました。ゲームのためだとすぐに覚えれますね!・・・なんて駄目な能力なのだろうか。
後者もチャットで得ました。ネトゲーにはその手の人がやっぱり多くて、話すことはもっぱら漫画やゲームやアニメのことばかり。私は当時オタクではなかったため、ほとんど話についていけませんでした。ついていけないならやめてしまえばいいのに、私は必死についていくほうを選択。こうして私は親友に漫画を借りたり深夜アニメを見るようになり、着実にオタクへの道を進んで行くこととなる。
ああ、そういえばネトゲーで仲良かった奴の口癖が「うぐぅ」だった。当時の私は反応できなかったけど、今の私なら「あぅーっ」と返せる自信がある。
あれ・・・また目から涙が・・・。

・第三章『古本屋で5時間』

どっぷりとつかった。オタク文化にどっぷりとつかっていた。
中3と高1の間にある春休み、私は漫画を買い漁った。古本屋に通うのが毎日の儀礼であるかのように漫画を買い漁っていた。
目についた作品を片っ端から買っていった。幸いにも私はこれまでバスケと勉強のほぼ2本で来ていたため、お金は結構あったのだ。
快感だった。その漫画の良し悪しに関係なく『漫画を買う』その行為自体が快感だった。そうして『ぬ~べ~』と『ラッキーマン』と『ハンターハンター』と『スラムダンク』位しか無かった私の部屋は一変して漫画の山となった。後に大きく人生を左右する『魔法先生ネギま!』もこの大量購入本の中の一冊である。
漫画を大量購入している頃、親友が変な本を読んでいた。表紙はどう見ても漫画なのに中は文章なのである。興味が出た(ドクロちゃんの表紙があまりに可愛かった)ので一冊(ドクロちゃんは友人が読んでいた為、キノの旅を)借りて読んでみることにした。めちゃくちゃ面白かった。小説はお堅いものだと思っていた私にこの内容は衝撃的だった。これがライトノベルとの出会いである。
それはそうと当時から今まででハンターハンターが僅か4冊しか出ていないのは何かの夢だと思う。

・第四章『昼と夜どっちで寝るかは自由です』

私はしばらくの間漫画とラノベを読みふける生活を送っていた。アニメも見るには見ていたが、生活の大部分はこの2つが占めていた。
漫画とラノベをたくさん読んでいたが、この時の私はまだオタクと呼べる人種ではなかった。なぜなら愛情と情熱がそれほどないからである。が、そんな私に転機が訪れる。アニメ「げんしけん」の放送である。
げんしけんは熱かった。私もこうありたいと思った。アニメの話数が進むたびに、主人公の青年がオタクになっていくたびに、その思いはどんどん大きくなっていきました。最終話が終わる頃、私はオタクになっていました。目には見えないけれど断言できる。この時私はオタクになったのだ。同時にだらだらと続けてきたネトゲーをやめた。
オタクになったら異常にアニメが見たくなった。そんな時すぐにそれはやってきました。
2005年1月5日 アニメ「魔法先生ネギま!」の放送開始である。

・第五章『楽しいことはガンガンやろうぜ』

ネギま!が楽しくて楽しくてしょうがなかった。アニメを放送することを知り、改めて原作を読み直したら、以前はそうでもなかったのに、今回はめちゃくちゃ面白く感じた。これはおそらくオタクになって考え方が変わり、面白さが分かったからだと思う。夕映は俺の嫁←つまりこういうこと。
アニメ放送が行われている26週の間に、私のオタクレベルはオタク見習いからオタク賢者くらい(当社比によるため基準は曖昧)にまであがっていた。
この急速な成長を支えた要因は2つ。『ネギま!が神作品であったこと』と『オタ系ニュースサイト』である。
前者の話は長くなるから私のブログを見てくれ(CV:あの人
オタ系ニュースサイトは私を一人前のオタクとするべくあるかのごとく様々なアシストをしてくれました。
『○△がアニメ化する』『□×という漫画が面白い』等の情報系、『この漫画はあれがこうでそうなって面白い』等の考察系、『ネタ動画』『ネタ画像』等の面白系、そんなニュースを大量消費することで私はオタクとして成長しました。
あーオタクって楽しいなー。末期です。

・終章『ご愁傷様です』

2005年8月下旬。
私は相変わらずニュースサイトを見ながら昼夜逆転のオタライフを満喫していた。暇な時間なんて一切ない。常に寝るかネットで遊ぶかで忙しいのだ。
いつもの時間にいつものニュースサイトを見ながら私はあることを思い立った。
「見てる側より見せる側のが面白いかもしれん。それになんだかかっこいいじゃん!オタク的にも高度な気がするぞ!あーでもサイトは作れないなーHTMLって何ですか?って感じだし。あ、そういや最近ブログってのが注目されてるじゃん!私が毎日見てるサイトにもブログのところがあるしあれならいけるかも!まあダメそうだったらやめればいいし適当にはじめてみるかー。よーし、どうせやるなら好きなことをやろう!ネギま!が好きだからネギま!ニュースサイトだ!」
思い立ったら即行動。早速グーグル先生で検索です。キーワードは勿論。

「ブログ 無料」

この記事は悪友に唆されてオタクという修羅の道に入る私と、ブログと、ネギま!と、夕映の愛の物語でした。
今後このブログ開設をきっかけに色んなこと(変な3人と出会ったりだとか)が起こりますがそれはまた別の話。
今回も長文・戯言にお付き合いくださいありがとうございました。 やくろ

余談

2007年りんふら第2回目「今のサイトを作った理由」の締め切り日の早朝。
やっと出来た・・・完成だ!!!
色んな意味で終わったな・・・いい意味で。
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。