Lingua furanca.

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--.--.-- --:-- | スポンサー広告 | トラックバック(-) | コメント(-) |
 早いものでもう3回目ですね。この3回目のお題が「あなたの選ぶ「この3冊」」という事だそうで、相当悩みました。どうしても最近読んだ本が最優先になる事もあるし、タイミング良くツボにはまったりという事もあるしどうしようかと。

 また、3冊であって、続き物の小説や漫画の場合は、作品ではなく、巻を選ばなくてはいけないかなと。だとしたら、何巻を選ぼうかとか。なかなか難しいお題でした。

 考えた結果、取り敢えず思いつく本3冊にしようと(笑)。大雑把ですが、そんな考えに達しました。悩んでる時は色々グダグダ悩むんですが、結論を出せば大雑把です(笑)。

 さてさて、それでは3冊の発表です。理由なんぞも添えて。

 まず1冊目。これは、タイミング的に今だからこそ選ぶのかもしれませんが……

世界樹の迷宮ミニコミ誌



 このタイミングでこのお題が出てしまうと、これを選ばない訳が無いという事で(笑)。「世界樹の迷宮」のスタッフが作ったミニコミ誌で、限定100冊というもの。「Nintendo iNSIDE」でのトラックバックキャンペーンに応募して、手に入れる事が出来た記念の一冊。

 ゲーム自体が面白くて、本当に久しぶりにどっぷりはまったという事もあって、このミニコミ誌が欲しくて仕方が無かったですね。そして当たった時の喜び、内容を読んで、制作の皆さんが如何に大変だったか、それでもこだわりを持って作ったかが分かって、そのゲームを楽しめた事も嬉しくて嬉しくて……ファン冥利につきます、この本。

 正直、今はこのゲームの後遺症で、他のゲームをやっても今一燃え切れないという状況になっているんですが、それだけ面白かったし、その面白さをこのミニコミ誌で再度味わう事が出来る事、その裏の事情が分かる事、そして作り手の思いが伝わってくる事……本当にこのゲームを好きで良かった!と心から思える、そんな一冊です。

グインサーガ1巻『豹頭の仮面』


豹頭の仮面―グイン・サーガ(1)


 まさに続き物の小説で、現在113巻まで刊行されており、200巻でも収まるのかどうか分からない展開になっています。ファンとしては最後まで見届けたい(最終巻のタイトルが「豹頭の花嫁」になると決まっています)のですが、作者の栗本薫さんの寿命がそこまで果たして持つのやら……壮大な未完になってしまいそうで怖いところです。

 それでもこの小説は凄く面白いです。本編で113巻まで出ていて、更に外伝が20巻、ファンブックも3冊出ていて、それらを全部集めています。その第一巻が出てのが、1983年ですから、もう24年前なんですね。出だしが、今思い出しても素晴らしいです。


それは───
≪異形≫であった。


 この異形(豹頭)の主人公グインによるヒロイックファンタジーとして幕を開けたこの小説が、その後三国志的になっていき、SFになっていき、そして今、またリセットされたかのようにヒロイックファンタジーに戻ってきました。それを是とするか否かは、読み手の自由であるとして、私は割り切って読んでいます。これはそういう物語だと。

 きっと作者の寿命の内には終わらないだろうと思っています。そして終わらない物語として、未完の物語として残り、その最後の全ての「オチ」に当たる部分は、読み手各自が考える事になるのだろうと、そう割り切っています。それでも続きを読みたい、この先どうなるんだろうと思う私もいます。

 この大長編小説を知り、そしてそれに最後まで付き合うと決めた事……長い付き合いになっていますが、これから先もまだ続くのでしょう。そんな小説があっても面白いと思いませんか?

軽井沢シンドローム1巻





 たがみよしひさ先生のファンになった記念の本。ここから始まって、「精霊紀行」や「我が名は狼」「化石の記憶」「NERVOUS BREAK DOWN」「GREY」「お江戸忍法帖」「滅日」「妖怪戦記」等の漫画をどんどん買い集めたり、イラストポエム集(我が名は狼だけど)や短編集を買ったりしたのも良い思い出です。

 主人公が天下無敵のスケコマシで、喧嘩は強い、走りも早い、度胸抜群、女にはモテモテ(本妻以外に愛人3人+適当に何人も)……という、とんでも無い漫画です(笑)。でも、軽井沢を舞台とした人間模様が面白く、たがみ節も全開で一回読んだだけですぐにファンになってしまった漫画でした。

 最近続編である「軽井沢シンドロームSPROUT」も完結しました。軽井沢シンドロームの主人公「相沢耕平」の息子「相沢薫平」が主人公となる漫画でしたが、後半は旧世代である耕平達の活躍も多く、ファンとしては懐かしさも感じつつ、読んだものです。

 台詞回しの上手さ、8頭身と3頭身キャラの切り替え、パロディ色々と、隅から隅まで楽しめる漫画です。癖になるんですよね、この人の漫画って。

 余談ですが、私のメインサイト「それさえもおそらくは平凡な日々」のタイトルは、この漫画の単行本に収録されていた「それさえもおそらくは平穏な日々」のタイトルを使おうとして間違えたところから来ています(笑)。

 という事で、私の選ぶこの3冊でした。かなり悩みましたよ、ええ。村枝賢一先生の「光路朗」や「俺たちのフィールド」、故・水谷なおき先生の「人類ねこ科」等、他にも選びたい漫画(うしとらやダイ大も)が山ほどあってどうしたものかと。

 それでもこの3冊を選んだのは、私の中で大きな影響を与えたもの、衝撃を与えたものという視点で無理矢理絞っていった結果です。何れ機会があれば、もっと範囲を絞って、「漫画部門」「小説部門」「コラム部門」等それぞれの分野でのお勧め本を選んでみたいものです。
やってやる・・やってやる!・・・うおぉぉおお!!やってやるぞーー!!!
あ、どもやくろです。少しばかり気合を注入してました。これから書こうとしていることを思うと気合が必要でしてね。
今回のお題は『あなたの選ぶ「この3冊」』
私はネギま!ブロガーの代表として、いえ夕映の夫として大役を全うしようと思います。

この記事は見ている人が『魔法先生ネギま!を全巻持っている』ということを前提に書かれています。持ってない人は今すぐ本屋にダッシュして買ってきてね!

一冊目

魔法先生ネギま!第5巻

まずは表紙に注目して欲しい。なんと!なんと!!夕映がメインなのだ!!!ひゃっほー!
浴衣姿がまぶしいぜ!つーかおでこやばい!でこぴんしてえ!!そんで怒られてえ!!「なななな何をするんですかー!あなたは!」ってなるだろうなー(只今妄想中

妄想終了。注:今回はこの後も全部こんな感じです。

少しページをめくるとそこにはお風呂に入っている夕映の姿が!
髪をアップにしている夕映も可愛いよな。一度でいいからポニーテール姿が見てみたい。

続いてラブラブキッス大作戦の選手紹介時の夕映。この時夕映はネギ先生のことを「私の知る中でももっともマトモな部類に入る男性」と評し、「絶対勝ってのどかにキスさせてあげます」と意気込んでいます。そう!この時夕映は自分がネギのことを好きだと自覚していなかったのだ!!←ここ結構重要
自覚していない時はのどかの恋を優先←ここかなり重要

重要なポイントを踏まえて次へ。

って夕映のほうが超より先に「こんなこともあろうかと」(p31)って言ってるじゃん!今初めて気づいたよ!!

そんなプチびっくりも踏まえて次へ。

「ここは私が食いとめるです」(p34)

死亡フラグも踏まえて次へ。

さて色々なことを踏まえてやっとたどり着いた夕映とネギのキスシーン!
5巻の山場かつ物語的にもとっても重要なシーンです。
ネギが好きな気持ちとのどかが好きな気持ちの葛藤が非常によくあらわれていて、見ているこっちもドキドキさせる。考えが暴走するところも凄くいい。正直たまんねー!

とまあ5巻に含まれている夕映の魅力はこんな感じ。
これでもすっごい端折ったんだからね!

2冊目

魔法先生ネギま!第10巻

裏表紙をじっくりと眺めましょう。絶対領域って素晴らしいね。
さあ!87時間目までページをめくりたまえ!そして扉絵を見たまえ!ひもぱんって素晴らしいね。

この87時間目の見所はなんといっても夕映がネギを好きだということを自覚するところ。
カモ君に攻められて泣いてるところがやばい。これは可愛すぎるだろう・・・。
あとはやっぱりのどかとの友情とネギへの愛情の葛藤に悩むシーンが最高だね。

3冊目

魔法先生ネギま!第4巻

夕映の魅力を伝えようと思ったらこの巻だけははずせない。
なぜならばこの巻には夕映の代名詞でもある言葉が収録されているからです。
最後にその言葉を書いて終わりたいと思います。では!

もるです~

PS
ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい
ただ私は夕映の魅力を伝えたかっただけなんだ・・・許してくれ・・・。
さらに文章力のなさで書けなかったところ、うまく表現できないところが多々あったのも許してくれ・・・。
つーかこんなことは自分のブログで書けって話だよね・・・。
でも夕映はまじで可愛いからそこだけはよろしく!





魔法先生ネギま! (5) 魔法先生ネギま! (5)
赤松 健 (2004/04/16)
講談社
この商品の詳細を見る


魔法先生ネギま! (10)   講談社コミックス―Shonen magazine comics (3529巻) 魔法先生ネギま! (10) 講談社コミックス―Shonen magazine comics (3529巻)
赤松 健 (2005/05/17)
講談社
この商品の詳細を見る


魔法先生ネギま! (4) 魔法先生ネギま! (4)
赤松 健 (2004/01/16)
講談社
この商品の詳細を見る



はい・いいえで答えて、自分の当てはまった作品をオススメします。
 
A・人のつながりを大切にするあなたへ。
羅川真里茂傑作集 僕から君へ




「ニューヨークニューヨーク」に収録されていた作品のと、ほかの短編をあわせた「田舎3部作」です。
いきなり最初から、友人とも敵ともいえないような夏己が死んだところから始まるんですよ。急に「死んだ」という連絡が、しかも主人公であるひろむひとりにだけくるんです。
それが本当に親しい友人ならばともかく、ちゃらんぽらんで、自分の大事なものをめちゃくちゃにしたこともあり、心のどこかで猛烈な不信感と敵対心を抱いていたような、そんなやつなんですよ。
なぜか連絡がついたのが、そいつの愛人として一緒に住んでいた女性と彼一人。
なぜぼくなんだ?
なぜほかにいないんだ?
たくさんの疑問と、過去の怒りと、…そして過去に彼と過ごした日々のことが走馬灯のように…いや、陳腐ですね、どちらかというとロードムービーを早送りするように流れていきます。
仲よくしてくれたと思ったら、あっさりと見捨てる、そんな薄情な小学生だったあいつ。
勉強きらいだったが、一緒に勉強してがんばろうよ!と二人でがんばっていたのに、あっさり高校受験をやめた中学生だったあいつ。
彼女ができてからもダラダラと部屋にあがりこみ、その彼女の気持ちを持っていってしまったあいつ。
激しい怒りがわき、理解できないあいつの気持ちを思い出すたびに、彼の心の中でようやく、夏己の存在が読者側にも浮かび上がってくるんですよ。
特に親友だと思っていなかった人、名前を言われないと忘れてしまっている人。誰しもいると思います。時にはその人を恨み、嫉妬し、憎んだかもしれません。
しかし、そういう人の中に、自分にとってものすごく大切だった存在があるんです。誰かに対するすべての感情は、その人が自分にとって大切だったという理由だから。
「僕から君へ」。そのつたない詩にこめられた本当の意味を、ぜひ自分の思い出と重ね合わせて読んでみてほしいのです。
この本に収録されている「東京少年物語」「がんばってや」も非常にすばらしい「人間のつながり」を感じさせる物語です。田舎を舞台にしていますが、別に「田舎サイコウ」というノリではなく、田舎だからこそ生まれたかけがえのない人のつながりを描いています。
3作品とも「友情?なんかそんなの恥ずかしいよ」と口走ってしまう、そんな人にこそ読んでほしい作品なのです。
 
B・子供のころに力いっぱい夢へ突き進めると信じていたあなたへ。
あさりよしとお「なつのロケット」




「小学生だからむりだよ。」
そんなことを考える大人になったのはいつからだろう?
自分はその頃、無限に広がる宇宙について考え、地下に眠る太古に憧れ、どこまでも広がる空と海の向こう側を夢想し、虹がかかったその向こう側を探しに行こうと本気に思っていました。
穴を掘れば新しい恐竜に出会えると信じて、スコップで人が落っこちるほど穴を本気で掘り、埋めさせられたものです。
物語は藤根先生が科学の面白さを伝え、それに乗じて北山くんが「ロケットつくろうぜ!」というたわいのない小学生の発想からはじまります。爆薬をつめて、下から噴出させれば飛ぶだろ?ほら、ぼくらにもできるじゃないか。
しかしそれは塩素ガスを撒き散らし、ロケットも四散する危険なものでした。小学生の北山にはそこまで思考が働かなかったんですよ。
飛ばないロケット。それははじめての挫折でもありました。
藤根先生の思想は「本当の意味での、科学」でした。危険を理解したうえで、本当の意味で興味を持つことの楽しさ。夢?幻想?受験には関係ない?いいじゃないか、夢を持って何が悪い、それが科学じゃないか。
北山はそんな藤根先生に応じるようにロケットに没頭します。しかしそれは形だけの「飛べばいいな」レベルのもの。
それにぶつけてくるかのように、なぞの転校生三浦が「過程なんて何の意味もない、逆に必要な事ならなんでもやってやる」と挑戦状を叩きつけます。
二人の夢は…見据えるものは…。ロケットは「飛べばいい」の?君たちのロケットは、どこに向かってうつんだい?
科学は夢をつぶすための物じゃない。科学は夢をかなえるためのものです。子供の頃のそれはただの夢想かもしれないけれど、その夢想を持ち続けて現在でもロケットを飛ばし、ロボットを歩行させ、世界をつなぐ通信をつくっている大人たちがいるのです。
「まんがサイエンス」のロケットの項とあわせて読むと、ロケット科学の入門にもなるほど詳しい本作。
先生の行く末や、三浦くんの存在、ラストシーンなど読者に考える余地も与えられます。それをみてどう感じるでしょうか。夢見て胸ときめかせていたあの頃のことが、決してただの夢ではないことをぜひこのマンガを読んで感じ取ってください。
 
関連・研究報告11 なつのロケットは本当に飛ぶか!?
 
C・この世界と人間を信じられなかった子供だったあなたへ。
浅野いにお「虹ヶ原ホログラフ」



この世界なんて、何も信じられるものはない。自分の存在なんて明日にだって飛び降りて消えてしまうのさ。
僕らはおかしな世界に住んでいる。なぜ僕が生きているのか、意味なんてあるんだろうか?
時として大人でもぶつかるこれらの問題。小中学生の頃に出会ってしまい、混沌とした心を抱えた人も多いのではないでしょうか。
この作品は時間軸が交錯しつづけます。青年時代の自分と、小学生時代の自分です。多くの登場人物が登場しますが、彼らは自分の運命や歪みに向かい合いながら、耐え切れないほどの世界のくだらなさを見ることになります。
いじめに「問題」なんてつけたのは大人なんですよね。「いじめる」ことはそんなに簡単なことじゃない。教師が悪いというけれど、教師も人間としてぎりぎりのラインで生きているし、いじめる側も歪みの中で暮らしているんだということが痛烈に描きこまれていきます。
しかし、そこにある空間と価値観のゆがみは、多くの人を取り込んで責めさいなむことになります。
主人公はめがねをかけた少年鈴木。自分の価値なんて微塵も感じず、世界の価値なんてどうでもよく、ただ日々がおかしな形のまま転がっていくのを傍観しています。
それに対し、自分の中の義を淡々と見据えるがゆえに世界からはずれてしまった小松崎。だからこそいじめる側だった彼も、あまりのはずれっぷりに気がつけば放浪する青年へと変化していきます。
この作品の中での「生」「死」の価値は、非常にさらりとした小川の流れのようでもあり、へどろのたまったどぶ川のようでもあります。
それを読んだとき、どのように感じるでしょうか。
子供のときに感じた歪み、大人になってから感じた歪み。それは無数のモンシロチョウにつつまれていきます。
彼らが住む虹ヶ原は、決して美しい町ではありません。しかし確かにそこで彼らは生きています。
モンシロチョウでいっぱいの、どろりとしたアメーバーのようなこの町はいつしか美しい夕暮れを迎えるのでしょうか。
大人になったからこそ読んでほしい、価値観なんて信じられない人のための物語です。
 
----------------------------------------------
いろいろ書きましたが、全部一冊完結でさくっと読めるので、機会があればぜひ読んでみてください!
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。