Lingua furanca.

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--.--.-- --:-- | スポンサー広告 | トラックバック(-) | コメント(-) |
にとっての Lingua furanca は、適度な負荷である。飛行機が空気抵抗無しでは飛べないように、困難に向かっていく推力というものは前に進むには必要な抵抗力だと思う。自分自身でも似たようなブログをやっていることもあって、こちらのお題について考えると自分のブログの方の更新が完全に止まってしまうが、もともと週一しか更新していないブログであり、ネタに困っているときの方が多いゆえさほど影響が無い。それどころか、記事を書いているときの方が次の記事のネタが思い浮かぶので、書き続けていた方がネタが尽きないというのも、ブログで書くようになって知ったおもしろいことの一つだ。

起人が「白球」というハンドルネームであるがゆえに、どうしても野球で比喩したくなってしまうのだが、一つのお題に対してみんなで答えるという形式は、ピッチャーが投げる一球に対してたくさんのバッターが挑むようなものだ。狙い球を絞ってホームランを狙う者もいたが、私はすべてのボールにとりあえずバットを振った。それがホームランでなく内野ゴロであったとしても、見逃し三振よりは良いと思っているからだ。参加するというのはそういうことだと思う。

数の人が同じお題に書くとなると、どうも私の競争心がうずいてしまう。文章に勝ち負けは無いのだけれど、私の中では勝ち負けを判断している。何をもってして勝ち負けという基準は明確ではないが「うわぁ、こう来たか」と思わせたら勝ちで、逆に思わされたら負けと思うことが多い。同じお題について互いに深く考えあったからこそ共有できる感覚であり、普通のブログでは決して味わえない楽しみである。

かし、これには内輪性という弱点も内包している。同じお題について考えていないたまたま辿りついた読者に対しては、やさしくない文章もいくつか出してしまった。しかし、私は反省はしていない。このような一つのお題に対して記事を寄せ合う形式のブログである以上、同じお題について考えてくれた人に対して書くというのが、私のスタンスだからだ。この辺は、各参加者それぞれのスタンスで、それぞれの想定した読者に対して記事を書けば良いことだと思っている。

Lingua furancaには、Project::Logistica.という前身となるブログがあったけれど、私の中では全然別物。ロジスティカはニュースサイト管理人にモノを書かせるという前提で人集めをしたため、ニュースサイトでありながら記事も書いていた私は単なるだった。しかし Lingua furanca は、発起人である白球氏が集めたメンバーであるだけで、私も愉快な仲間達の一人に過ぎないのだ。

っ張る立場で無いということは非常に気楽で、前回からの継続メンバーは新しいメンバーに越えてもらってこそ本望!とか考えていたのですが、いざ書き始めると血が騒ぐ騒ぐ。元々、お題さえ決まれば記事が書けないわけがないと思っていて、実際にお題を出してくれると、出題者の意図を考えて一歩斜め上を書こうと考えたり、他の人はストレートでくるか変化球でくるかを想定しながら他の人に「その発想はなかった」と言われるような方向性を出そうと毎回必死になっていた。これはもう性格の問題なので仕方ないと諦めて欲しい。

は、ニュースサイト論を本気で書こうと思ったきっかけはロジスティカでした。ニュースサイトというものは溜めの効くものではなく、毎日巡回してリアルタイム更新が必要なものです。こんなの、そうそう長く続くものじゃありません。だから、ニュースサイトを通して得たものをどんどん文字に吐き出すことで、これからニュースサイトを始める人たちに何か残したい!という気持ちが、ロジスティカ結成飲み会で語り合った4人の共通の想いでした。

かし Lingua furanca では、サイト論に偏らないようにしようというスタートだったので、自分のつたない文章力では圧倒的に実力が及ばないことは分かっていました。だから、お題にまっすぐ答える直球の記事ではこの中で目立つような記事は書けないと思い、常に変化球ばかり投げていたような気がします。無論、これができたのも直球勝負をしてくれる執筆陣が多かったからこそできたわけで、変化球投手ばかりの中に入ったら私はヘロヘロのストレートを投げて打ち込まれる程度の存在なのです。あなたの構えるミットにボールが届く前に、私の投げた球はことごとくスタンドインされてしまうのです。

者には見せなかったが、Lingua furancaの中で一度大きな転機があった。「このままではいけない」と参加者全員集めて今後どうしていこうかチャット上で話し合ったときがある。PDCA(Plan-Do-Check-Action)サイクルで当てはめるならば、Checkの工程を行ったのである。よくよく考えれば、振り返りの工程がなかったのはおかしいことだったのだと今更ながらに思う。一巡の終盤に気持ちが引き締まったのは、あの反省会があったからだと私は思っている。

た、読者に対して「Lingua furancaを愉しむためには同じお題について考え参加することである」と口を酸っぱくして言い続けてきた。それは、Lingua furancaがお題ありきで記事を書いているブログであるからだ。もし、あなたが読書感想文の採点をする先生だとしたら何をもってして評価するだろうか。どのような文章に「これはすごい」と思うだろうか。本の内容どおりに書かれていることだろうか。素晴らしい主張が展開されていることだろうか。もちろん、それも素晴らしいだろう。しかし私は、本の内容をどのように捉え、文章にするまでにどのような思考を辿ったかに興味を持つのである。

そう。
私は、
記事だけでなく、
お題から記事に辿りつくまでの
思考を、
一番見せたかったのだと、
今、気づいた。


それTwitterでできるよ」なんて声が出てきそうな昨今だけれど、お題を事前公開できない Lingua furanca では難しい。だったら、事後に語り合える場所を作るべきだったな。lastlineさんが毎回まとめてくれた感想は実に素晴らしかったが、これを多くの人で評価し合いたかった。お題を出して(Plan)記事を書いて(Do)おしまいにするのではなく、反省会を行って(Check)次に活かす(Action)べきであったと。

事ごとの繋がりが薄くなってしまうこと。普通のブログは一人が一つのブログを更新しているので、ブログの向こう側では必ず繋がっていたけれど、今回はお題は繋がっていても人の繋がりがちょっとばかり薄かった気がする。ブログがブログであるが所以の弱点、なんだと思う。ブログはサイトという塊を記事という単位に区切ることでそれぞれを作品にしてきた。だからこそ、発信するユーザはその個々を繋げる努力をするべきだったのだと思う。










何勘違いしているんだ?
まだオレのバトルフェイズは終了してないぜ!

何言ってるんだ?
もうりんふらのお題は一巡したじゃないかー。

速攻魔法発動!
バーサーカーソウル!

バーサーカーソウル?

手札を全て捨て、効果発動!
こいつはまなめが書いた記事以外が紹介されるまで、
何回でも記事をリンクし、
SEOの効果を高めるカード。
そしてその数だけ、
アクセス数1500以下の記事は追加投稿できる!

アクセス数1500以下・・・!?
ぜ、全部・・・

さぁ行くぜ!
まず一枚目!ドロー!お題「サイトをやって得たもの」
 サイトの向こう側は宝の山
二枚目!ドロー!お題「今のサイトを作った理由」
 サイト作りは、コンピュータ好きなら必ず通る道
三枚目!ドロー!お題「あなたの選ぶ「この3冊」」
 学生のうちに読んでおきたいお金に関する本3冊
ドロー!お題「あなたの考える○○愛」
 愛・花・夢
ドロー!お題「新しい法律を一つ作ってください」
 企業ブロガーの誕生
ドロー!お題「あなたはボケ?それともツッコミ?」
 ドラクエ1に教わったこと
ドロー!お題「墓まで持っていきたい音楽CDと本は何ですか?」
 思い出の一枚
ドロー!お題「サイト更新の際に気をつけている事は?」
 炊飯ジャーの通常モードと早炊きモードの違いって何?
ドロー!お題「リアルとサイトについて」
 ネットとリアルのマルチタスク
ドロー!お題「で、オマイラ。次は何するよ?」
 読者モデルとしての管理人
ドロー!お題「60歳になったとき、誰かと見たい映画3本」
 映画と60歳の私
ドロー!お題「貴方が憧れるヒーロー」
 ヒーローよりも悪役に憧れるよね?
ドロー!お題「インターネットが無くなるとき」
 インターネットが無くなるわけねーよ
ドロー!お題「あなたが誇れるところ」
 T字型人間を目指して
ドロー!お題「過去のLingua furanca.記事にトラックバック」
 憧れてもらえるニュースサイトになりたい!
ドロー!お題「コメントとトラックバックについて」
 コメントに見える3つの視点
ドロー!お題「他の管理人の現在・過去・未来を勝手に決めた上で、追悼文を書く」
 あなたがこんな形でブログを閉じることになるとは思いもしませんでした。
ドロー!お題「ry

もうやめてまなめぇぇぇ!

MI☆NA☆SE!

とっくに読者の集中力はZEROよ!
もう勝負はついたのよ!
感想文といえば、小・中学生の頃一番嫌いな宿題でした。何故なら書けないんだもの。指定図書からカフカの「変身」とか「ジキル博士とハイド氏」等を選ぶ僕も僕ですけども。感想文の素材選びにも問題がありましたが、今にして思うと本当に「感想」だけで原稿用紙4枚とか埋まる訳がないんですよ。悩んだ挙句に原稿用紙を埋めるために粗筋を書く羽目になってしまう。すると糞面白くもなく中身の無い読書感想文が出来上がり、読書感想文がますます嫌いになるスパイラル。
そんな、読書感想文苦手っ子だった僕は 悩める青少年に朗報!読書感想文は1行読めば書ける! を読んだ時に衝撃を受けました。「読書感想文は1行読めば書ける!」というのは冗談ではあるが、本を素材として自分語りする事が「読書感想文」に求められているってのは真理であろう。その筈なのに、学校では誰も教えてくれませんでしたね。先生は「面白かっただけではなく、どう面白かったのか書いてみましょう」というアドバイスばかり。正直、面白かった点を探して説明するなんて、かなりの高等技術なんですよ。なぜなら、気にならない配慮が良い配慮だから。悪い点が気になるのは当然。どう直せばいいかも簡単に分かる。一方、良い点は先ず気付くのが大変なのに、それがどうして良いのか考え、さらに説明するのは非常に難しい行為である。元々作文が苦手で書き方の分からない人間に「どう面白かったのか、なぜ面白かったのか書いてみましょう」なんてのがアドバイスになるわけ無い分けないのだ。

より詳しく真面目な 読書感想文の書き方 として 「浦島太郎」でも感想文が書ける!の巻 を紹介してみる。「読書感想文は1行読めば書ける!」のだから、いわんや「浦島太郎」をやである。「浦島太郎」の例にしても結局自分語りだ。読書感想文の書き方を以下に簡単にまとめると

1. 素材を見つけ
2. 肉付けし
3. 設計図を思い描き
4. 下書きし
5. 清書する

という感じ。普通の文章の書き方と変らない。違うのは、読んだ本を中心に据えて素材やテーマを見つける点。つまり、読んだ本をネタにして自分語りをすればいい。Lingua furanca. で、テーマに当るのが「お題」であろう。「お題」に見合った素材を探す必要があるので順番が逆であるものの、Lingua furanca. では「本」を素材に「お題」を語ることを実践することができた。長年疑問に感じていた「読書感想文」の書き方やその意義に一つの答えを得られたのは素直な感動であった。
でも、やっぱり今でも「感想文」そのものは苦手だ。それは、自分の気持ちを書くのが苦手だからだろう。しかし、Lingua furanca. を通して「感想文」の書き方やその楽しさに出会えたから、今後は「感想文」を書くのが好きになれそうです。
お久しぶりです、痕跡症候群の水瀬です。
今回でリンフラが一旦休止とのことで、皆さん感想を一生懸命書いているようですね。
さて、そんな私はりんふら設立時から何が振り返ってみましょうかね。
設立時の裏話なんかを語っていきたいと思います。


~りんふら設立前のお話~
白球「何かやりたいんすよー、何かー。水瀬さんも一緒にやりましょうよ!」

そんな一言からりんふらが始まりました。
当時の白球くんは「やりたいけど、うまくやれるのかな?」と不安がってました。
うじうじ悩むだけで中々企画が前に進まないという状況でした。
そんな私は一計を案じ、「とりあえず白球を脅迫してみるか!」とのことで某管理人さんと白球くんを脅迫。
こうしてりんふらは動き出しました。
正直、あの時の白球くんは見ていて不安でした(笑)


~りんふら開始時のお話~
何とか動き出したりんふら。
やはり白球くんにとっては始めての企画で、当初の彼は戸惑ってばかりいました。

白球「あー、これどうしましょう?」
白球「わかんないです><」
白球「皆、僕の言うことを聞いてくれるんだろうか?」
白球「水瀬さん、何か良い意見あります?」

おいおいりんふらの主催は私か?と思うようなことが多々ありました。
そんな彼に返す言葉は「お前は暴君だろう?やりたいままにやれ!」だけでした。
その私の言葉が「白球帝国」という単語を作り出すとは当時は予想もしておりませんでした。
ちなみに余談ですけど、白球くんは「白球帝国」とか「白球帝王」とか呼ばれるのがあんまし好きじゃないみたいです(笑)


~りんふら発展時のお話~
果たしてりんふらが発展したのかどうかはわかりませんが(苦笑)
私が「いろんな人をライターとして加えて別の味を出してみないか?」と提案して、りんふらはいろんな人種を吸収していきました。
いろんな考えが飛び交って面白かったのですが、ちょっとグダグダになっちゃったかなぁ…とか反省。
私も中々書けなくなって、白球くんに助言することは殆ど無くなりましたが白球くんはその時、立派にりんふらを運営しておりました。


~りんふら終末時のお話~
始まりがあれば終わりもある。
人が沢山集まれば、それだけの考えと価値観がある。
あ、ちなみにメンバー同士の衝突は無かったのであしからず、あくまで私が見ていた範囲ですけどね。
白球くんの中では「今のりんふらはこのままでいいんだろうか?」という考えがあったようです。
そこでメンバーと話し合った結果「りんふらは終わりではなく一旦休止」という形になったのです。


~りんふらは白球くんの成長物語~
さて皆さん、りんふらはどうだったでしょうか?
「いろんなテキストが読めて面白かった!」という方もいれば「それはどうかと思う!」と思ってる方もいるでしょう。
しかし、この企画は「白球くんの成長物語」だったのです。
人と一緒にやる企画、彼はいろんな意味で大変だったでしょうね。
白球くんにとっては良い経験になったのではないかな?と思っています。
りんふらは一旦お休みしますが、白球くんのことですからまた何かやるでしょう。
その時は絶対に私を誘うなよ…もういっぱいいっぱいです(笑)
次回のりんふらセカンド(?)は白球くんの立派な姿を垣間見ることが出来るでしょう。
それでは皆様、お疲れ様でした。

白球くんも本当にお疲れ。
この経験が後の君の人生に繋がることを祈ってます。
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。